人魚のために開基した寺院

観音正寺は、今から約1400年前、聖徳太子によって、標高433メートルの繖山の山頂に開創されました。

推古天皇の御代、近江国を遍歴していた聖徳太子は湖水から浮かび出てきた人魚と出会います。人魚は「私は前世漁師であり、殺生を業としていたため、このような姿になりました。繖山にお寺を建て、どうか私を成仏させてください」と懇願しました。聖徳太子はその願いを聞き入れみずから千手観音の像を刻み、堂塔を建立したとされ、日本唯一の人魚伝説が残る寺院としてその歴史は脈々と受け継がれております。

佐々木六角氏の居城として隆盛

鎌倉・室町時代には、近江国守護職佐々木六角氏らの庇護を受けおおいに隆盛し、三十三の塔頭を擁したといわれています。ところが応仁・文明の乱以降、寺は兵乱に罹ったり、守備上の障害として移設されるなど、一転して苦難の路を辿ります。そして永禄11年(1568年)織田信長により六角氏が滅ぼされたのち、慶長11年(1606年)現在地に復興されるまで、長らく荒廃することとなります。

平成16年新しい本堂が落慶

明治期、彦根城の欅御殿を拝領して本堂としましたが、平成5年(1993年)その本堂を焼失するという憂き目を見ることとなりました。平成16年(2004年)には新しい本堂が落慶、新たに開帳された御本尊は、母なる仏教の国インドより特別に輸入した白檀で彫像されました。

観音正寺は古来より万事吉祥の縁結びの祈祷道場として、老若男女の尊崇を集め、四季を通じて景勝を楽しめる名刹です。